地方の中小製造業でも外国人正社員の雇用が進んでいますが、「せっかく採用してもすぐに辞めてしまう」「技術習得や社内コミュニケーションがうまくいかない」といった課題に直面している経営者も少なくありません。
この記事では日本ミャンマー支援機構アドバイザーの深山沙衣子が、外国人正社員の定着率を向上させるために必要な5つの施策をご紹介します。離職率の高い理由を理解し、実践的な改善策を導入することで、外国人正社員が安心して長く働ける職場環境を構築しましょう。離職率が下がれば採用コストが削減でき、企業も安定していきます。文末にはチェックリストもありますので、ぜひご活用ください。
産業分類別・過去1年における離職状況(直接雇用)平成13年
厚生労働省による外国人雇用状況報告結果(平成13年6月1日現在)「表10 産業分類別、事業所規模別・入離職状況(直接雇用)」より作成 https://www.mhlw.go.jp/houdou/0112/h1225-2d.html
上記のグラフは、厚生労働省が公表している、産業別の外国人労働者の離職率の割合から作成しました。これによると、すべての産業全体での離職率は45.9%、その中でも製造業では51.3%と、外国人材の定着率が低いデータが出ています。
社会保険がなく働いている外国人も多いため正確な統計をとるのも難しく、これは平成13年の少し古いデータですが、筆者の経験上、現在でも外国人労働者の離職率は40%くらいと感じます。ちなみに厚生労働省の調査によると、2022年の日本企業全体の離職率は15.0%、新卒者の3年以内の離職率は、高卒で約40%、大卒で約35%と、若年層ほど高い傾向があります。
製造業で外国人材の定着率が低いという課題は、
・言語の壁:日本語が十分に話せず、上司や同僚とのコミュニケーションがうまく取れない
・文化の違いによるギャップ:日本独特の職場ルールや価値観に馴染めず、ストレスを感じる
・待遇への不満:給与や労働条件が期待と異なる
・キャリアパスの不透明さ:長期的に働くビジョンが描けず、転職を考えてしまう
など、複数の原因が絡み合っている場合が多いです。外国人正社員が定着しなければ、企業側は何度も採用活動を行うことになり、採用コストは増加し生産性も低下する可能性があります。そうならないために、外国人正社員の定着率が低い原因を深く理解し、長く働ける環境を作っていきましょう。
外国人正社員の定着率が低くなってしまう理由のひとつは、言葉の壁です。外国人技術者たちがある程度の日本語を勉強していたとしても、業界の専門用語や日本の雇用や社会制度にまつわる日本語を最初から理解するのは難しいです。職場でのコミュニケーションを円滑にするために、企業側も日本語教育の支援策を提供しましょう。
厚生労働省のHPの、「外国人の方に人事・労務を説明する際にお困りではないですか?~外国人労働者の人事・労務に関する3つの支援ツールを作成しました~」のページ内にある雇用管理に役立つ多言語用語集では、たとえば「通勤手当」や「国民年金保険」など就労に関する言葉を、優しい日本語でどう説明するのか、多言語で紹介しています。ぜひ、参考になさってください。
また、上記の多言語用語集を参考に、自社でよく使う専門用語の用語集を作り、研修を実施するのもおすすめです。たとえば、製造業の専門用語「面取(めんと)り…製品(せいひん)の角(かど)を削(けず)り滑(なめ)らかにする。触(さわ)っても痛(いた)くないようにする。」というように、簡単な日本語で漢字に振り仮名をつけます。これを、翻訳アプリなどを使い母国語で訳した言葉をつけると、さらにいいです。
自分たちにとっては当たり前の言葉でも、日本に来たばかりの就職したての外国人がすぐに理解できるとは限りません。わかって当たり前、ではなく、どうしたら理解しあえるのか、お互いに歩み寄る姿勢が大切です。
外国人正社員の定着が低い理由のひとつに、長期的なキャリアが見えないことがあります。海外から働きに来ている外国人は、よりたくさん稼ぎ家族に仕送りをしたい、と思っている方が多いです。いつまでも同じ給与水準だったり、仕事内容がずっと同じで進歩がなかったりすれば、やる気も低下していきます。最悪の場合、他の企業へ転職してしまうこともあり得ます。
賃金は、働く外国人にとって最大のモチベーションとなりますので、達成度に合わせて段階的に昇給していく制度で「頑張れば昇給できる」という環境を作ることがベストです。業務だけでなく、会社のルールを守っているかどうかも審査基準に含めます。賃金を上げたければ、昇給のルールや人事評価制度をよく理解して働かなければいけないということを、外国人に分かりやすく示していくことが大切です。
厚生労働省のHPに、「外国人社員と働く職場の労務管理に使えるポイント・例文集~日本人社員、外国人社員ともに働きやすい職場をつくるために~」が掲載されています。労働条件等を外国人正社員に説明する際に、日本と外国の文化や雇用慣行のギャップを踏まえつつ、どんな説明をすれば分かりやすいか、注意点なども書かれています。ぜひ、参考にしてください。
人と人とがよりよい関係を育んでいくには「時間」と「きっかけ」が必要です。日本人と外国人では育ってきた環境も話す言語も異なり、歩み寄るきっかけもなかなか自然には発生しにくいため、お互いの文化の違いを理解し職場のストレスを軽減する取り組みを、会社側が用意することが必要です。
食事会やレクリエーションなどの社員交流イベントを開催し、外国人正社員と日本人社員の交流が深まった事例は多いです。また、社内コミュニケーションがうまくいかない大きな理由が文化の違いですので、外国人社員の母国文化を紹介する、多文化共生研修を実施するのも有効です。
このように、社内コミュニケーションが活性化すれば会話も生まれ、従業員同士の心の距離を縮めるきっかけになります。従業員同士ではなかなか企画しづらいため、経営者や外国人正社員の相談窓口担当者などが率先して、社内コミュニケーションが取れる場所を設けてみてはいかがでしょうか?
入国・入社後は役所での各種手続きや、銀行口座開設といった多くの手続きを行うことになります。日本に来て間もない外国人にとっては、かなりハードルの高いものです。手続きに時間がかかれば、働くまでの期間が長引いてしまい、不備があれば働くことすらできなくなる可能性もあります。トラブルを未然に防ぐためにも、本人に任せっきりにするのではなく、正しく手続きが進められるように全面的に協力しましょう。
自立を促すシーンは、申請手続きでなくても、仕事の現場でたくさんあるはずです。ご自身の会社の外国人従業員が、何ができて何ができないのか、きちんと見極めつつ進めていくのが肝要です。
また、日常生活には普段は意識していない、さまざまなルールが存在しています。異文化で育った外国人にとっては、すべて初めて経験するものです。外国人正社員が日本の生活に早く順応できるよう、生活に必要な基本ルールを教えましょう。公共サービスの利用方法や自転車の乗り方、救急車の呼び方など基本的な生活知識も教えましょう。自治体のHPに、外国人のための生活ガイドブックが掲載されている場合もありますので、一度確認してみてください。
当社では、NPO法人リンクトゥミャンマーと協力し、ご紹介したミャンマー人のビザの切り替えや病院への同行のご相談も承っております。
外国人就労者たちが最も重要視するのは、やはり賃金です。外国人の多くは、自分の生活費だけでなく、家族やパートナーを養うためにお金を稼ぎに来ています。ほかに賃金の高い会社が見つかれば、転職する可能性があります。
外国人同士のコミュニティの中では、互いの賃金情報を交換し合うのはよくあることです。地方の外国人正社員が、東京の賃金水準を見聞きすれば、自社の賃金が不当に低いものだと考えてしまう可能性があります。最低賃金を考慮する場合、少なくとも東京を基準にしたほうがいいでしょう。
賃金を上げられない場合は、その理由を本人にきちんと説明しましょう。会社の経営的な問題なのか、職務と能力の水準が昇給の基準に達していないからなのか、理由を理解すれば、離職を防ぐことにつながります。
稼ぐことを目的に日本に来ている外国人にとって、残業はお金を稼ぐためにも大切であり、率先して残業を希望する人も多いです。残業を希望する健康な外国人正社員には、残業をお願いしても構いません。ただし、労使間での「時間外労働協定(36協定)」の締結と所轄労働基準監督署長への届け出が必要です。会社側が時間外労働の上限を守ることはもちろん、外国人正社員にも労働時間の条件についてしっかりと説明しましょう。
外国人正社員の定着率を向上させるためには、言語、キャリア、文化、生活、待遇の5つのポイントを重視することが重要です。これらの施策を実施することで、外国人社員が長く働きたいと思える職場環境を作り出すことができます。企業の成長と人材の安定確保のために、ぜひ取り組んでみてください。
✅ 日本語教育の支援を行っている
✅ 採用時から定着を意識した計画を策定している
✅ 昇進・昇格の基準を提示している
✅ 定期的にキャリア面談を実施している
✅ OJTやスキルアップ研修を実施している
✅ 異文化理解の促進のための研修などを実施している
✅ 住居探しのサポートを行っている
✅ 地域の生活情報(病院・銀行・交通機関など)を提供している
✅ 気軽に相談できる窓口を設置している
✅ 日本人社員や業界水準と比較し、適正な給与を支給している
✅ 社内規則や評価制度を明示している
✅ 離職理由を分析し、改善策を講じている
外国人正社員採用について詳しく知りたい方は、ぜひご一読ください!本書では外国人雇用のノウハウや、貴重な戦力として長く働き続けてもらうためのポイントをわかりやすく解説します。
著者:深山沙衣子
1979年、東京都生まれ、神奈川で育つ。立教大学文学部心理学科卒業。マレーシアの専門商社や広告代理店、出版社勤務。その後、フリーライターとなる。2012年、日本ミャンマー支援機構合同会社をミャンマー人の夫と共に創設。外国人の人材約150人に対し、日本で円滑に働けるよう職業紹介や留学支援を実施した。2017年、特定非営利活動法人リンクトゥミャンマーを設立し、理事長に就任。ミャンマー人の日本での生活支援、文化交流、国際協力を行い、日本で日本人と外国人の円滑な共存を目指す活動を続けている。
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